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すずきち物語④大学篇2/2

すずきち

山の奥からこんにちは、地方移住コンサルきこりブロガーのすずきち(@szkjpx)です^^

誰得なすずきち物語も第4回に突入です!

今回の記事では大学生活の後半に起きた出来事について書いていきます。

映像作家として制作したものや、海外への憧れなども交えて、徐々に作家として生きていきたいという思いの芽ばえについても触れていきます。

「ものづくりをしていきたい」と考える方にはビビッとくるものがあるかもしれません^^

 

それではいってみましょう!

自分でやらなきゃダメさと言われて映像作家になる

 

ジョナス・メカスという映像作家をご存知でしょうか?

 

おそらくこの記事を読んでいる90%の方は知らないと思います^^;

 

それでは、かわなかのぶひろさんという映像作家は?

 

おそらく99%の方は知らないでしょう。。。

まあ、知名度はどうでもよいのです!

 

若き日のかわなかさんが、ジョナス・メカスに言われたのが次の一言です。

 

「じぶんでやらなきゃダメさ!」

 

 

 

大学2年生の頃、ぼくはコンテンツを消費する側でした。

映画もみるだけ。

自ら映画をつくるというポジションにはいませんでした。

そんなある日、とある上映会に足を運んだら、かわなかのぶひろさんが来場していたのです。

この言葉をキッカケに作家として作品制作を始めた、というかわなかさんのトークを聞いたわけです。

 

「じぶんでやらなきゃダメさ!」

 

この言葉に衝撃を受けて、まずはじぶんでやってみよう思えるようになったのです。

 

前衛的な作品に夢中になり哲学書を読みふけり意識と自尊心の高い学生が誕生

 

じぶんでやってみる。

そこからすずきちの作家キャリアがスタートしました。

所属していた映画制作サークルにて、好きだった『草迷宮』や『書を捨てよ、町に出よう』を下敷きにした中編映画を撮影することになりました。

ロケーション場所は京都のほか、滋賀の診療所(スタッフの実家!)や中田島砂丘という静岡の砂丘にもいきました。

スタッフは10名程度。

古いアパートも超格安(無料だったかもしれない)で借りて撮影をしました。

お金も時間も人出もかけて、持てるすべてを出し切る覚悟で撮影をしました。

借りた機材を破損させるトラブルや危機管理意識の低さを指摘され、大いに反省することもありました。

なんやかんやありましたが、無事完成したのはスタッフのおかげだったと言えます。

集団のパワーはすごいです。一人では到達できない場所により早く、しかも楽しさや苦しさを分かち合いながらいけます。

 

 

自主制作映画は落選

 

精魂込めて制作した映画を映像コンペに応募しまくりました。

10件くらいは出したと思います。

しかし、結果はカスリもしませんでした。。。

多くの人にみてもらわなければ意味がない。

「どうにかして上映されなければ…。サークルとはいえ無償で協力してくれた仲間に申し訳ない!」

こう思っていたすずきちの思いも虚しく、結局、大衆に晒されることなく、学内の上映会のみのお披露目となったのでした。

MEMO
なぜ上映会にこだわっていたかと言えば、多くの人に見てもらったり、コンペに入賞すれば映画監督への道が開けると信じていたからです。

しかし、今思うと全編Youtubeに公開してしまえばよかったのです。

そしてSNSを活用して人の目に晒す。たったこれだけでよかったはずですが、インターネットを活用するという発想に至りませんでした。現代ならなおさら、集客にネットを活用しないという発想はナンセンスだと断言できます。

 

 

尊敬するプロデューサーに尺を1/10でいい言われる

 

実は、すずきちが敬愛する寺山修司の映画のプロデュースを手がけた佐々木史朗さんが学部の客員教授だったのです。

さらっと書きましたが、これ、すごいことだったなあと思います。

*映像関係の学部だったこともあり、先日カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した是枝裕和さんも客員教授でした。

 

その佐々木史朗さんにも自主制作を見てもらいました。

その道のプロに無償で自作の講評をしてもらえるなんて、学生の特権ですよね。

佐々木先生に言わせれば、

「尺が長いので1/10の長さに編集した方がいい」

とのことでした。

 

ダラダラ見せるのではなくて、この作品のエッセンスが凝縮された状態に編集し直せ!ということだったと思います。

監督した作品をじぶんで編集するのは結構つらいものがあります。

苦労したシーンをバッサリとカットしてしまった方が見やすく、主張も理解しやすくなるはずなのですが、私情が合理的な判断を邪魔するということですね。

とにかく、プロからこういう忌憚のない意見をもらえるなんて、恵まれていたとしか言いようがありません。

もっと積極的にやっていればよかった、と他にも後悔することが次々と思いだされます・・・。

 

集団制作→個人制作へ

 

さてはて。

精魂込めてつくった映画が箸にも棒にもかからない。

こんな状況でもめげずに次を作るのが映画監督なのでしょうが、すずきちは諦めが早かった。

 

「ヒト・モノ・カネをかけたのに報われない。集団制作は割に合わない!」

こんなことを思っていたわけです。

要は、ものづくりって大層なものだっけ?という違和感を感じていたということです。

であれば、もっと気軽にできる制作スタイルはないか?と考えるのです。

そこからパソコンとカメラと編集ソフトさえあればできる個人制作にシフトしていきました。

ここが一つのターニングポイントだったと思います。

 

京都のうらぶれたアパートの一室に、実験映画や現代アート好きな学生が誕生したのでした。

 

[事故]京都のライブハウスで放火未遂に

 

放火未遂。

放火しようという意図はないにせよ、結果的にかなりやばかったです。

京都に木屋町という飲み屋街があります。

そこではライブスペースがあって、音楽やダンスパフォーマンスなど、幅広い舞台芸術が披露されています。

 

ある日、ゼミの学生同士で研究発表もかねたイベントをやろうということになりました。

映像の上映や即興演奏、VJ、パフォーマンスなどなど。

各々が日々の成果を見せる場となりました。

 

若かりしすずきちは、映画の上映という構造に疑問を持っていたので、変化するスクリーンを見せようと思いました。

 

映画上映のときに変化するのは映像だけですが、スクリーンも変化したらどうなるかな?と思ったのでやってみたのです。

何かというと、映像を映し出すスクリーンをロウソクのロウで自作しました。

大きな鍋で湯煎したロウを、特注でつくってもらったステンレスの型枠(1500*2000ミリ)に流し込んでおくのです。

ロウソクの芯は数本太いロープを仕込んでおき、下から着火できるようになっています。

まあ、アパートの一室で作業するには怪しいですよね^^;

何より大きすぎて自作のスクリーンとしばらく一緒に生活するハメになり、床がよく滑るようになりましたw

 

こんな物を屋内で燃やしたのだから、そりゃいい感じには見えますが、火の手は早いです。

煙が回って火災報知器が鳴り響きました。

これはマズイということで、天井からスクリーンを吊るしてあったロープを断ち切ろうとして舞台に上がったすずきちは豪快に転びました。

溶け出したロウが舞台にドロドロだったので当然です。

しかし、平然を装ってあくまでパフォーマンスの一貫です、という感じを貫いていたところ、お客さんはだーれもその場を避難しなかったのです。

これには驚きました。

結果的にどこにも火は燃え移ることなく無事に(?)パフォーマンスは中止されました。

こっぴどく怒られたことは言うまでもありません。。。

MEMO
ひたすら注意されるかと思いきや、お店の人は意外にも優しくて驚きでした。さすがアーティストの方々、と言うところでしょうか。ちなみに、ビルの持ち主の怖い人たちが来たら、「真っ先に差し出すつもりでいた」とは言われましたが・・・^^;

留学に憧れて海外視察

 

だんだん作品制作がおもしろくなっていました。

音楽制作をする友人に映像をつくったり、一緒にライブをしたりもしていました。

夜型生活にシフトして、年上の作家さんたちともつながりを持つようになり、交友関係に幅ができました。

 

漠然とアーティストになりたい、と思うようになりました。

なり方がよくわかりませんでしたが、なんとなく海外に行くとうまく行くような気がしました。

フランスかドイツあたりの大学が学費も安いし、語学さえクリアできたら編入できるかも?と言うことで、視察に行くことにしました。

2011年の2~3月の出来事でした。

 

フランスで泥酔、ドイツで丸刈り

 

海外渡航は初めてではありませんでした。

20歳の頃、友人とフランスに旅行していますが、海外一人旅は初めてです。

なんとなく、とても大人な気持ちになりました。

早朝の京都駅について、関西空港へ。

その後も仕事の関係で空港に行くことはありましたが、何度行っても空港のあの雰囲気はたまらんですね。

超ワクワクしますw

 

その時の予定ではフランスに3週間、ドイツに1週間くらいのつもりでした。

 

  1. フランスで滞在制作をしている知人の作家を訪ねること
  2. 現地の大学をみて回ること
  3. ギャラリーや美術館を巡ってたくさん作品を見ること

 

目的はだいたいこんな感じでした。

知人は政府の奨学金制度を使って、広いスタジオで暮らしていました。

 

なんかスゴイ。

 

ぼくはそう思いました。

アホみたいですが、本当にそう思いますよ。

なんか、余裕があるんですよね。

その友人がそうだっただけか、わかりません。

ですが、アーティストっていいなあ、と強く思ときがのは間違いありません。

余裕のある暮らしを真似するために、朝からワインをガブガブ飲んだりして時間を浪費していたのはここだけの話。

 

フランスで滞在もあっという間に終わりを告げて、ぼくはドイツへ行くことになりました。

オルリー空港に夜の高速バスで行くはずだったのですが、ワインの飲みすぎで事前に購入したチケットもありません。

さらにいえば現金もありません。

けどドイツには行きたい。

 

悩んだ挙句、酔っ払った勢いでタクシーを呼び止め、日本円の5000円札を運転手に手渡しました。

 

「これは日本では50ユーロくらいの価値があるんだ、頼むから空港まで連れていってくれ!」

 

と言う意味の内容を英語とフランス語とジェスチャーで伝えると、めんどくさかったのか優しかったのか、どうにか乗せてくれることに。

 

ああ、これでドイツにいける!!

 

アホな酔っ払いのすずきちは、そう思ったのでした。

 

やっとの思いでたどり着いたドイツ。

たしかフランクフルトだったと思います。ミュンヘンだったかも?

とにかくドイツにつきました。

 

ドイツからベルリンに行くためのバスに乗ってまたしても気がつきました。

 

現金がない。

 

またしても日本円作戦でいくしかないか・・・。

 

そう思った次の瞬間、聞いたことのある言語が!

そう、日本語です。

ドイツの高速バスで日本語を話す日本人女性がいたのです。

救われた気持ちで話かけ、帰国したらきちんと返すので少しお借りできませんか?と丁寧にお願いしてみたところ

 

「返さなくていいのでどうぞ。」

 

新手の詐欺かと思われていたかもしれません。

ぜひお礼がしたかったのですが、それも叶わず。

とにかく感謝しかありませんでした。

なんだかこういう感謝が多かった旅でした。

 

一人旅のバックパッカーは、余裕はないけど、ほっこりすることは多いです。

男女問わず、たくましくなると思います。

アジア、アフリカあたりを回っている人たちはレベル高そうですねw

 

さーて、ドイツでも何かしようと言うことになりました。

散髪、って親密だなあ、と思っていたみたいです。

美容室の雰囲気ですかね、、、

ちょっともうよく覚えていないんですが、見ず知らずの通行人に好きなだけバリカンで頭を刈ってもらう、というパフォーマンスをすることになったみたいです(他人事)

ちょっと観光地みたいなところで、ナチスドイツが凱旋したブランデンブルク門というところでやりました。

撮影はゲストハウスで同室だったチリ人にお願いしました。

 

当時の映像が出てきたら追加で乗せておきますね^^

おもしろいかどうかはさておき・・・。笑

 

すずきち

最後まで読んでいただきありがとうございました!こんな日記をここまで読むとは、あなたも奇特な方ですね^^ すずきち物語はもう少し続きます。よろしければ楽しみにしてください。

 

次回予告:すずきち物語⑤大学院篇

 

↓↓↓目次↓↓↓

 

  • NO就活→大学院で現代アートを学ぶ
  • 挨拶ができない芸大生
  • ダジャレでアート?
  • 韓国で滞在制作、スンドゥブうまい。
  • 犬を食べる
  • ロンドンに留学、スンドゥブうまい。
  • 丸刈りになる
  • 着ぐるみでアテンションプリーズ
  • 英語はどうにかなる
  • そして妊娠・・・

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